書籍第18弾ええ????まだダメ恋愛してるの?手遅れになる前に!!!一生愛される女になるための最終最強処方箋。 「脱・ダメ恋愛」がすばる舎より発売しました!ダメ恋愛を料理や食材に例えながらダメ恋愛脱出して自分で幸せをつかむための秘密を丁寧に書いています。自分が変われば世界が変わる。自分が美味しくなれば人生が美味しくなる。自分を美味しくするレシピをしっかりと学んで欲しいと思います。アマゾン または書店でお求めください!ゴマブッ子の本を電子書籍でも読もう!!kindle 楽天 ヤフーブックストア セブンネット honto sonyReader 紀伊國屋書店 あとiPnoneの方はiBook アプリからゴマブッ子で検索してお求めいただけます!お悩み相談&タレコミメールを送りたい方はコチラ の自己紹介にあるガイドラインを読んでからホットメール、またはアメブロのメッセージよりメールを送ってください!今日もお悩みあれこれ届いてるわ!!!まずはペンネームあかりさん! はじめまして、30歳あかりと申します。一年前に五年お付き合いした既婚者の彼と別れました。彼とは同じ職場です。最初は彼が奥さんと仲良くないってことで相談を聞いたりしましたが、奥さんと別居したってことで付き合うようになりました。 毎日連絡をとっていて、日曜日は必ず会っていました。毎日が幸せでしたが、ある日突然奥さんが妊娠したって聞きました。 別居していて、離婚の話しもしているのに何故妊娠したのか、私には理解できませんでした。奥さんと結婚してすぐ不妊治療をしていて、別居をしてからも奥さんが不妊治療を続け、体外受精で妊娠したと彼は言いました。 別居をしてから奥さんと住んでいたアパートは空け家で、彼は実家に住んでいるとずっと信じていましたが、アパートに行ってみたら、彼の車がありました。翌日に聞いてみたら、実は子供ができたからより戻ったと言われました。これで彼と別れるようになりましたが、別れてから一年以上経ちますが、私の心の傷は消えません。 別れてからも、私の誕生日には花を郵送してくれます。これは私に対する罪悪感でしょうか?また、次に私の前に表れる時は離婚した時と彼は約束しました。これはどんな意味でしょうか? 同じ職場ですが部署が違いますので、年に3回くらいしか会いませんが、彼に会うと胸が痛くなります。こんな私は、彼のこと完全に忘れられる日がきますか? あかりさん、メールありがとうございます。あははははは。笑 わ せ な い で ?貴女、そんなの信じてるの?貴女は最初から最後まで遊びの穴女として扱われていただけよ。騙されていたの!5年間、性・処・理・道具として扱われてただけ!こんなの不倫あるあるよ?別居に不妊治療に体外受精?奥さんともバンバンやってたと思うけどね?花の件も貴女がぎゃああああああ奥さんに全部バラしてやる!!とか言い出さないように同じ職場だから騙された!!!!!きいいいいい!!!社内でバラして会社に居づらくさせてやる!!!とか言い出さないようにしてるだけでしょ?しかも花を手配するなんて俺っていいヤツだな~って思ってるわよ。次に私の前に表れる時は離婚した時と彼は約束しました。ってそれ離婚はしないからもう現れない!あの関係、全てなかったことにしようぜ!!おしまい~って意味です!!!その男は既婚ですから貴女とは付き合ってもいませんでした。貴女が忘れようが覚えていようがその男には痛くも痒くもないことよ?そんなの悔しくないの?貴女の気持ちはどうでもいいわ?自分は不倫していた。それを反省しなさい。30歳。ボーっとしてる暇はないわよ?いい加減、目を覚ましなさい!!!お気を確かに!次! ペンネームAさん! 初めてまして。28歳のAと申します。ゴマ様に聞いて頂きたくてメールをします。ただの自己満足かもしれません。人に話せず、苦しいのです。どうしたら苦しみから逃れられるのか、救いが欲しいのです。 先日、流産しました。初めての妊娠でした。主人とは8年付き合い、結婚して2年目です。すごく誠実な人で、結婚するまで避妊してくれていたし、結婚し、そろそろ子どもを授かったら嬉しいねと話し合って、すぐに授かりました。 付き合っていた期間は大きな喧嘩も何度もしましたし、別れ話も何度かしましたが、ご縁があったのか結婚した人です。周りにも祝福してもらって、こんなに幸せな結婚を自分がすると思わなかったな、なんて考えたりしました。妊娠がわかった時は、本当に嬉しくて夫婦で泣きました。 両親にとっては初孫で、早速ベビーグッズを買おうとする張り切りようでした。義理の両親も喜んでくれて、震えるくらい幸せを感じていました。しかし健診で染色体異常の可能性を説明され、障害を持って産まれてくる可能性、最悪死産すると言われました。 頭が真っ白になりました。専門的な検査が出来るまで、2週間待つよう言われ、生きた心地がしませんでした。産まない選択もある、と言った医師の言葉があたまから離れず、どんな障害があっても産みたい気持ちと、幸せな人生を与えてあげられるんだろうか、産みたいのは私のエゴではないかという不安で気持ちが揺れていました。死ねたらどんなに楽かと思いましたが、健康に産まれてくるかもしれない我が子の命は奪えない、ただただ耐える日々でした。 産む覚悟はつかないまま、ただ、産まない決断は私には出来ないと思い、子が育つ過程で、覚悟も固まっていくのではないかと期待して、我が子が抱えるかもしれない障害について調べたり、もし主人が産むなといったら離婚しようと決め、臨んだ健診で、我が子は亡くなっていることがわかりました。 泣くことのない我が子を産むための入院は本当に辛かったです。周りは妊娠さんや新生児ばかりで、一日中かわいい泣き声が聞こえてきました。気が狂わずにいれたのは、母として、産んであげることが唯一できること続きをみる
『著作権保護のため、記事の一部のみ表示されております。』