第29話産んだばかりの赤ん坊を星野優実に奪い取られた私は失意のどん底の中、産婦人科のベッドの上でただただ悲しみに明け暮れていた。はじめからそういう取引だったのは百も承知だった。私が守田アタルにしてしまったことを誰にも話さない約束で私は星野優実の代わりに星野優実の婚約者と性交することを承諾した。でも・・・まさかその婚約者が私の実の兄、真一であろうとは思いもしなかったしまさか、兄の真一を私が愛しはじめてしまうなんて思ってもみなかった。 あの子は私の子。産んだ子は私と真一の二人の大切な愛しい子なの。あの子がいなければ私は死んだも同じ。もう生きている意味なんて微塵もない。あの子が私の生きがいであの子が私の愛の証なの。だから・・だから・・・星野優実になんか渡 し て た ま る も ん で す か 。 出産後、なかなか体力が回復しなかった私がようやく退院できたのはそれから一週間後の事だった。入院している間は一日たりとも一秒たりとも子供のことを忘れたことはなかった。早く会いたい。会って取り返したい。私の赤ちゃん。私の私の・・・赤ちゃん・・・私は星野優実が住んでいたマンションに戻り夕方になって日が沈みかけた頃、星野優実の携帯に電話をした。トルルルルr トルルルルr『もしもし?幸子?一体何の用なのよ』イライラとした声で星野優実が電話に出た。『話があるのよ』私はそう言った。『話は済んだはずよ?あんたにもう用はないの』星野優実は冷徹にそう言った。おぎゃああ おぎゃああその時、耳に当てた携帯からかすかに赤ん坊の泣き声が聞こえたような気がした。私の赤ちゃんが泣いている。母親になった私には離れ離れにさせられた赤ん坊の気持ちが手に取るように分かった。赤ちゃんも私に会いたがっている。寂しがっている。助けてあげなくちゃ。私の赤ん坊を星野優実の魔の手から救い出してあげなくちゃ。でも、返してくれと言ってもそんなことを星野優実が簡単に聞き入れてくれるとは思えなかった。 そこで私はとりあえず、星野優実に赤ん坊を連れてこさせる作戦を思いついた。『ねぇ、赤ちゃんミルク飲んでる?母乳を飲ませた方がいいんじゃない?私の母乳。本当の母親の母乳を飲ませた方がいいと思うのよ。だから・・・あたし協力してあげるわ。しばらくの間、私が母乳係りになってあげる。半年・・・3ヶ月・・・ううん、1ヶ月でもいいわ。子供は母乳を飲んで育てなきゃ。そうは思わない?』私はあることないこと思いつくまま星野優実に考える隙を与えないよう話し続けていた。しばらく黙ったまま私の話を聞いていた星野優実が重い口を開き、そして『分かったわ。赤ん坊も泣きやまないし1時間後に車でそっちへ行くわ。』と言った。『赤ちゃんを必ず連れてきてね』私は念を押してそう伝えた。『分かってるわ。それからね、赤ちゃんじゃないの。名前は優一よ。』そう言って星野優実は電話を切った。あぁ、やっと会える。私の赤ちゃん。可愛い可愛い私の赤ちゃん。早く会いたい。電話を切ったあと私は、部屋の中でそわそわしていた。私の赤ちゃんが来るならベビー服や哺乳瓶やオムツにおもちゃを買っておけばよかったと後悔したがもうすぐ会えると思っただけでそわそわと落ち着かなず部屋でじっと待っていることが出来なくなって私はとうとう地下にある駐車場まで迎えに行くことにした。 地下の駐車場まで行くとちょうど星野優実が車から降りるのが見えた。『赤ちゃんはどこ!!!』私は走って車まで行き、車の中を外から覗き込んだ。助手席に?バックシートに?いない・・・どこにもいない!!連れてくるって約束したはずの赤ちゃんがどこにもいない!私は星野優実を見て言った。『赤ちゃんはどうしたの!!』すると星野優実は『連れてこなかったわ』と言った。『どうして??どうして?』私は星野優実の胸倉につかみかかった。『汚い手で触らないで!!』星野優実がつかみかかった私の手を強く払いのけた。『騙したのね、、騙したのね、、私の赤ちゃんを連れてこなかったのね』私は取り乱しながらそう言った。『勘違いするんじゃないわよ!あれは私の優一よ!!!』パンッ星野優実はそう怒鳴ると同時に私を平手打ちした。誰もいない地下の駐車場に星野優実の怒鳴り声が響き渡った。『いいえ、違うわ。あの子は私の子よ!』パンッ私はそう叫ぶと星野優実の頬を力強くぶった。心地よい音が駐車場に響き渡った。『この、アマやりやがったわね!!!』パンッ再び星野優実が私の頬をぶった。私は星野優実を睨みつけた。そして星野優実もまた私を睨み返した。 どのくらい睨みあっていただろうか。最初に視線を外したのは星野優実の方だった。星野優実は『そうそう、あんたに渡すものがあったのよ』と言いながら車の中からハンドバッグを取り出し中から札束を出した。『ここに100万あるわ?あんたが欲しいのはお金でしょ?だから赤ん坊に会わせてなんて言ってるんでしょ?手切れ金代わりにくれてやるわよ、ほら、拾いなさい!!』そう言って星野優実は100万円の束を駐車場の天井に向かって放り投げた。ヒラヒラと舞い散る1万円札たち。そして、車に乗り込み立ち去ろうとする星野優実。違う・・こんな金が欲しいんじゃない・・・私が欲しいのは私の産んだ赤ちゃん。そして兄の真一。星野優実が持っている家庭。星野優実の全てが欲しいのよ!!気がつくと私は車に乗り込もうとする星野優実を後ろから力いっぱい首を絞めていた。星野優実は驚いたように身体をびくんと震わせ抵抗しようとして私の手を爪で引っかいた。それでも不思議と私の力は弱まるどころか強まる一方だった。そうよ・・・殺すしかないんだ。星野優実から赤ん坊を取り返すには殺すしかないんだ。私はもうすでに1人殺したようなもの。守田アタルを殺したようなものなんだからいまさらあと1人殺したところで何も怖いものなんかないんだ。そうだ私はずっと誰かが私を幸せにしてくれるんだと信じていた。しあわせな子と書いてさちこと読む私を誰かが幸せにしてくれるんだとずっとずっと思ってた。でも違う。幸せは奪うもんなんだ。幸せな誰かから奪うことが幸せにな続きをみる
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