第9話母は玄関先にいた私の襟元を強くつかんで廊下を引きずるようにリビングへと連行した。『やめて・・・おかあさん、離して・・・』私は手足をバタバタとして激しく抵抗したが母の力は恐ろしいほど強くて私は逃げることが出来ずに母と一緒にリビングに入った。私は驚いた。何十・・・いや何百本という蝋燭がリビングに飾られその1本1本に火がともされていた。しかも、オシャレで色とりどりのキャンドルの類ではない。仏壇用の白くて味気ないただの不気味な蝋燭が何百本も・・・・部屋の中は蝋燭の炎のせいでまるでサウナのように蒸し暑かった。『幸子、おかあさんおまえのために腕をふるってごちそうを作ったんだよ。さぁ、椅子にお座りなさい』食卓の上にはフォークとナイフとスプーンと箸が綺麗に並べられ大きくて真っ白な皿の上には白いナプキンが三角に折られ丁寧に置かれていた。私は全身から力が抜けフラフラと倒れそうになる体で恐る恐る椅子に座った。 それもそのはずだ。ほんの少し前まで小山先生と初めてのセックスを経験して心とはうらはらに肉体はエネルギーを相当消費していたのだ。恐怖のせいなのかそれともセックスのせいなのか私の足はガクガクと震えて力が入らないでいた。私はゆっくりと皿の上に置かれていたナプキンを膝にかけようとして手に取り、そして広げた。そのナプキンは妙な形をしていた。広げたにもかかわらず四角ではなく三角の形をしたままだった。『きゃあああああ』私はハッとして悲鳴をあげた。父の葬式の時に見たことがあった。そう、それは死者が死装束を着たときに頭に巻く三角巾だったのだ。『食事中に大声を出すなんてお行儀が悪いわよ、幸子』母は淡々とした口調で私をぴしゃりと叱った。母の口調はまるで機械のようで怒っているのか悲しんでいるのか笑っているのか憎んでいるのか私には理解できなかった。『幸子の大好きなエビフライ。今夜は特大よ?さっ、召し上がれ』母はそう言って私の目の前にある皿の上にエビフライを1本だけ乗せた。私はチラリと母の顔色を伺ったが早く食えと言わんばかりに恐ろしい形相で私を睨んでいた。 食べるのが怖かった。何だか、普通のエビフライとは様子が違っていて私は食べるのが怖かった。でも、このまま食べずにいたら母にどんな酷い目に遭わされるかと思うと私はムリにでも食べずにはいられなかった。それに母だってさすがに食べられない物は出さないだろう。せんこう花火みたいにすぐ消えてしまいそうな母娘の絆を信じて私は箸でエビフライをつかむといち、にの、さんで目をつぶって勢いに任せて噛んだ。ガリッ鈍い音がした。『ひいいいぃいい私は口の中から箸で持ったままのエビフライをそっと取り出すとコロモの中から歯ブラシのブラシの部分が顔を出した。そして奥からは青色の柄が少し見えた。生前、父が使っていた歯ブラシが青色だった。ま、まさか・・・父が使っていた歯ブラシを母がエビフライと偽って揚げたのだろうか・・・私は吐きそうになってエビフライを皿の上に投げ落とした。すると母はまたしても機械的に『あら、少し硬かったかしら?でも、食べなきゃ歯が丈夫にならないのよ?』と言って今度はコーンスープらしきものを私の前に差し出した。 『今度はコーンポタージュよ。幸子、小さいころから好きだったでしょ?』私は一度はスプーンを手に取ったもののスープを睨んだまま動かず飲むことを拒否していた。すると母が『いいから早く飲みなさい!!』と感情をあらわにして怒鳴った。母の手には包丁が握られていた。(飲まなかったら刺される!!)直感的にそう思った私は怖くて怖くてスプーンでそっとすくってスープを一口飲んだ。味は普通のコーンポタージュだった。私は涙目になって母を見た。『お・・美味しいわ、おかあさん・・・』私は母の機嫌を取るようにそう褒めた。『そう?じゃあ、もっとお飲みなさいよ』今度はニヤリとしながら母が言った。私は震えながらスプーンで今度は底の方までスプーンを入れてスープをすくった。何か大きな具がスプーンの上に乗った気配があったが最初、それが何か私は分からなかった。スプーンからスープが溢れそして滴り落ちスプーンの上には黒い物体だけが残った。 『きゃああああああああああそれはゴキブリだった。スープの中で死んだゴキブリだった。私はゴキブリ入りのスープを飲んでしまったのかと思うと吐き気がしてそのままスプーンを放り投げて流しへと走り吐いた。水のような黄色っぽい液体が私の胃の中から外へと排出された。私は涙目になり水を流しっぱなしにしながら何度も何度もうがいをしては吐いた。すると、突然、母の歌声が聞こえた。『はっぴば~すで~幸子・・・はっぴば~すで~幸子~蚊のように細い細い声で静かに恨めしそうに歌う母の歌声はどんどんと私に近づいてきた。母が歌いながら一歩一歩とまるで幽霊のように私のそばまで近寄ってくるのが振り返らなくても怖いほど、分かった。『・・・はっぴば~すで~ディア~幸子ぉおおおおおおおお・・・私は流していた水を止めそしてゆっくりと振り返り母の方を見た。母はトレイを右手に持ち左手に包丁を握り歌いながらゆっくりとゆっくりと行進するかのように私に近づいていた。母の表情は相変わらず無表情で機械的だった。トレイの上には皿が乗っていてその上にはおはぎが1つ盛り付けられていた。おはぎの上には火のついたお線香が立てられていてさらにトレイの上には私の遺影らしき白黒の写真が黒ぶちの写真立ての中に収められているのが見えた。私は恐怖のあまり絶句した。助けを呼ぶ声すら出てこなかった。 『幸子、おめでとう。母さんの手作りバースデーケーキだよ。さぁ、吹き消して?願い事をしながらお線香の火を吹き消しなさい。私が成仏できますように。私も天国へ行けますように。そうお願いしなさい!!!!!!』私は恐ろしさのあまりその場に座り込んでしまった。母はトレイを置いて右手で線香が立てられているおはぎを握ると座り込んでしまった私の顔の前におはぎを差し出して言った。『食べなさい』私は口を力強く閉じそして首を振った。『何よ、、、おかあさんがせっかく作ったバースデーケーキなのに食べられないっていうの?罰当たりな子ね。小石入りのおいしいおいしいケーキなのに・・・・』母はそう言っておはぎを床に投げつけた。ベシャっと音を立てておはぎが床の上で潰れた。『ああああああああああああ母は突然、発狂したように叫びながら置いてあったトレイも床に叩きつけた。トレイに乗っていた私の写真が入った写真立ても床の上で割れた。それでも左手には包丁が握られていて私は本当に怖くて仕方がなかった。『幸子、それじゃぁせめてプレゼントだけは受け取ってくれないかしら?』そう言って母は私に通帳とハンコ続きをみる
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