第20話週末の間、ユキが悟と一線を越えてしまったのではないかと不安で不安で私は気が気じゃなくていて月曜日はいつもより早めに出社した。本当は『あの後、ユキとどうしたの?』ってメールを悟に何度出そうと思ったか分からない。でも・・・そんなことをしてしまったら悟に私の想いがバレてしまうどころかただの重たい女になってしまう。だから・・・ただ我慢して我慢してユキと悟がホテルに入るところを目撃したことは忘れようと思ってでも忘れられなくて歯がゆくて苦しくて私は少し、寝不足気味だった。給湯室でコーヒーを作っていると山村優子が給湯室にやってきて私の背後から『おはよう』と一言だけ言った。『あぁ、おはよう』私は振り向くと山村優子の異様とも言える異変に嫌でも気づかされた。いつも三つ編にきちんと束ねられた山村優子の髪が今朝に限って爆発したかのようにボサボサとバサついて目は充血し目の下には大きなクマがありさらに、両手は真っ黒に汚れてかすり傷のようなものがたくさんあって見ていて痛々しいほどだった。『どうしたの?怪我してるじゃない』私は山村優子の手の傷を心配しながらそう言うと『心配いらないわ?私、この週末はずっと寝ずにお百度参りをしていたのよ。』と不気味に笑った。『お百度参り?』私が思わず聞き返すと山村優子は得意気な顔をして『そうよ、何百段もある長い長い階段をのぼって山の上にある神社に100回お参りしたのよ。いいえ?100回じゃきかないくらいくらいお参りして願ったのよ。悟さんがユキの魔の手から無事でありますようにって願ったの。だから心配いらないわ?そうよ私、何も心配なんかしてないわ』と言って制服のポケットに手を入れてお守りのようなものをいくつも取り出した。私はそのお守りの中に交通安全や安産のお守りが入っているのに気がついたが何も言わなかった。 ユキと悟がラブホテルへ入って行くのを見てしまい永遠のようにも感じられた週末の間に気が気じゃなかったのは私だけじゃなく山村優子も同じだったのだ。山村優子は戸棚から急須と茶葉の入った缶を取り出してお茶を入れようとしていた。『あれ?優子って朝はお茶派だったっけ?今、コーヒー淹れようと思ったんだけど・・・』私がそう尋ねると山村優子はニヤリと笑って『私はコーヒーでいいわ?これはユキのお茶よ。』と言った。『おはよう皆の衆』突然、突飛で的外れな明るい声が給湯室に響き渡った。私と山村優子が振り返るとユキが満面の笑みを浮かべて入り口に立っていた。『金曜日はホントに楽しかったわね~』ユキが両手を顎の辺りで丸めながら何かを思い出すかのように言った。『あのあと・・・どうしたの?無事に帰れた?』私は知りたくて知りたくてユキが悟と寝たのか知りたくて震えた声でそう聞いた。しかし、『え~やだ~あのあとぉ~』とユキは焦らすような言い方でなかなか話そうとしないでいると山村優子が『勿体ぶってんじゃないわよ』と小声で嫌味を言った。それを聞いてユキは『ホテルに行ったわよ?あのあと、悟くんがどうしても行きたいって言うからあたし、ホテルに行っちゃった。寝たのよ。カレとね・た・の。やだ~今日のあたし顔色よくない?やっぱり幸せって顔に出るわよね?男の人に愛されると肌のつやまで整っちゃうわ~』とノロけはじめた。 私と山村優子がユキのあまりのノロケぶりに戸惑っていると『あっ、やだ?神野さんコーヒー淹れてるの?だったらあたしが持って行くわ?悟くんにあたしの淹れ立て愛情コーヒーって持っていくから』とユキが言い出してトレイに悟のコーヒーカップを乗せた。『あ、あんたのお茶も入れておいたわよ。朝はお茶派でしょ?』山村優子はそう言ってユキの言葉を聞き流すフリをしてユキが持っていたトレイにお茶の入ったユキのカップを乗せた。『あのね、山村さん。これみんなが飲んでるようなお買い得品の日本茶じゃないのよ?前の前のカレと香港に旅行に行った時に買ってきた水仙っていう高級ウーロン茶なの。ご存知?高かったのよ?まぁ、そのときのカレが買ってくれたんだけど?ほら、すっごいいい匂いでしょ?香りもいいし、美味しいし、モテるってホントに罪よね?あははは』そう高飛車に笑ってユキは給湯室から去って行った。私は軽い殺意を覚えそうになったが山村優子はニヤニヤと笑いながら『絶対に嘘よ。悟さんと寝たなんてあの女のデマカセよ。だいたいホテルに連れ込んだのはあの女の方なの、あたしたちは見てたんだから・・・』と言った。『でも・・・』私は不安になりそう呟くと山村優子は私に湯のみを渡した。湯のみの中には山村優子がユキの為に入れた中国茶の残りが入っていた。『臭いを嗅いで御覧なさいよ』山村優子がそう言うので私は湯のみに鼻を近づけお茶の匂いを嗅いでみた。『く・・・臭いわ???なんだか酸っぱい臭いがする』乾燥させたサンザシの実を茹でて煮詰めたような酸っぱくて強烈な臭いが私の鼻の奥を刺激した。『これ、見てよ』そう言って山村優子は急須の蓋を持ち上げて中を見せてくれた。中には茶葉に紛れて洗濯バサミが2本入っていた。『こ・・・これって・・・』私はすぐに思い出した。金曜日の夜に山村優子が過呼吸を落ち着かせるため持ち歩いていたフリーザーバッグの中に入っていた汚らしい洗濯バサミ・・・男の人の脇の臭いがすると言っていたあの洗濯バサミ・・・私は吐き気がして急いで流しにお茶を捨てうがいをした。『そうよ、あの洗濯バサミ。いい出汁が出そうでしょ?』と山村優子は笑った。ただの洗濯バサミと分かっていても何故か腋臭のようなイメージが頭の中に浮かんでしまい私は何度うがいをしてもその強烈な臭いが鼻の奥に残ったままのような感じがした。山村優子はそんな私の姿を見て『もしかして幸子ってそんなに男を知らないんじゃない?男の人の脇の臭いは女を狂わせるのよ』と笑った。私は私よりも男性経験が少なそうな山村優子にバカにされて悔しい思いと強烈な臭いで気分が悪くなった。『今頃、ユキったら私の特製洗濯バサミエキス入りのお茶を飲んでる頃かしらね?そう考えるだけでお腹がよじれちゃうほど可笑しくてたまらないわ?』山村優子はそう言ってお腹の贅肉を左手で揉みながらプルプルと揺らせて見せた。『何がすっごいいい匂いよね。あの女、タバコを吸いまくって香水つけまくってるからお茶の臭いも味も分かりゃしないのよ。そう、あの女は全身デマカセよ。どんなに綺麗な服で着飾ってどんなに流行のメイクで素顔を隠しても薄っぺらな偽物はすぐにバレるの。だからあの女が言ってることも全部デマカセに決まってる。私の・・・私の悟さんがあんな女と寝るはずがないわ?ねぇ、幸子。どうせユキとランチに行くんでしょ?その時、聞いてきてよ。本当の事。ブヒーーブヒィ』山村優子は興奮して話したせいかまた呼吸を乱していた。私はあまりの恐ろしさにただ頷くことしかできなかった。 オフィスに戻るといつもと変わらない悟の姿が目に入った。何も変わらない様子。いつもと同じ様子の悟。ユキとは何もなかったと信じたかったが何故か私は悟のことを直視することができなかった。私は何としてもユキから本当に悟と寝たのか聞き出さなくてはという思いでいっぱいだった。ランチの時間になり私は問い詰めたい思いでユキと喫茶店に入った。ユキは相変わらずサラダとアイスコーヒーだけを注文して髪をクルクルと指で触りながら携帯をいじっていたが私は今朝、山村優子が入れたあの中国茶をユキが飲んだのかと思うと何だか胸が少しだけスッとしたような気がした。『ねぇ・・ユキ・・・あの・・ホントに・・』私がしどろもどろに金曜日の夜のことをユキに聞こうとした時、ユキがこう言った。『神野さん、やっぱりまだ悟くんのことが好きなんでしょ?焼肉のときとか見ててバレバレ。でも、悪いことは言わないから悟くんのことは諦めた方がいいわよ。だって悟くんはあたしと付き合うことになる運命なんだから』私はそう言われて『でも・・・ユキって弁護士さんとかお医者さんとかお金持ちの人と付き合って結婚したいんじゃなかったんだっけ?』と意地悪なことをつい言ってしまった。しかし反論するかのようにユキは『まぁ・・それはそうなんだけど・・・でもあたしの人生設計は間違ってないのが分かったの!実は・・・土曜日にね?有名な占い師の先生に見てもらったんだけど~あたしと悟くんって相性がぴったりなんだって!!しかも、年内に結婚しないといけないみたいで年内に結婚できないとあたし、これから10年は結婚できないって言われちゃったの!!だから何としても今年中に悟くんと結婚しなきゃいけないのよ!!やっとめぐり逢えた運命の人よ。よく考えてみたら神野さん、山村さんそれに悟くんの彼女でしょ?ライバルがたくさんいるのよね?私はそのライバル達から悟くんを勝ち取ったってことになるし将来2人の間に生まれてくる子供にだってそう自慢できるじゃない!!それにね?それに悟くんってね・・・・・・・・・・・とそこまで言ってユキは固まってしまった。『それに・・悟君がどうしたの?』私がそう聞くと『う・・ううん。何でもない。あたし、用事を思い出したからちょっと先に行くね』と、ユキは急いでアイスコーヒーを飲み干して一人、店から出て行ってしまった。ユキの様子が変だなと思ったが喫茶店に取り残された私は結局、ユキが悟と寝たのか聞き出せなかったと落ち込みながら注文したナポリタンを食べてた。1人で食べたせいかいつもより早く食べ終わってしまい私はフラフラと公園に立ち寄った。 すると公園のベンチでお弁当のような物を食べている山村優子の姿を発見した。私は見てみぬフリをして通り過ぎようと思ったのだが山村優子に見つかってしまいしかも『幸子!!!こっちよこっち!!こっちにいらっしゃいよ』とびっくりするような大きな声で呼ばれてしまった。『いつもここでランチしてるの?』私は渋々とベンチに座り山村優子に尋ねた。山村優子はパンのような物をビニール袋の中から取り出して続きをみる
『著作権保護のため、記事の一部のみ表示されております。』