第17話お凛が事件を起こしたことにより外国人パブ『パンパン』が店じまいすることになって私は客に紹介してもらった【派遣】という仕事をすることになった。そして、私が派遣されたのはホームページを作成する会社だった。当時は電話回線を使ったダイヤルアップ接続に代わってADSL回線や光ファイバーなどブロードバンドが注目されはじめインターネットの世界がそれまで以上に注目を浴びていた。私は男に騙され高校を中退する形で水商売に足を踏み入れ10年以上も夜の世界で働いてきた。インターネットと言われても右も左も分からない世界。チンプンカンプンなことばかりで始めは戸惑うことばかりだったが私が配属されたのは営業だったのでなんとか一から勉強して仕事をすることができた。 毎日適当なリストから手当たり次第に電話をかけ『御社のホームページを作らせていただけないでしょうか?』『これからはインターネットで物を売る時代です』など声をかけて資料を送りアポイントを取った。私は水商売という仕事で人との話し方については自信があったのでホームページのことなどあまり分からなくても私はアポイントを取ることが出来た。電話営業なんて適当なものだと私はその時、思った。そして、あとは制作する社員が出向いて話を進めるので私の仕事はそこまでだった。時々、私も一緒に同行することもあったがどうやってホームページを作るのかは結局、ほとんど分からず他の社員の足を引っ張らないように黙って微笑んでいるのが精一杯だった。私は仕事に没頭した。色々なことを忘れたかった。10年も続いた沢田との不倫関係や沢田の妻、ミネコのこと。それに私を強請り続けた島田の死、お凛ちゃんの最後の言葉も私を苦しめた。毎晩、私は夢の中でうなされた。とにかく考えたくなかった。新しい生活。今までとは180度違う昼の生活の中で生きるために私は必死で仕事をした。 でも最初の頃はなかなか忘れることはできなかった。10年も思い続けた沢田のことをそんな簡単に忘れることなんてできるはずがなかった。でも、私は沢田を憎むことにした。憎まないと嫌いにならないと先には進めないような気がしていた。それに・・・私は気がついた。ミネコも私も被害者だったのだ。悪いのはだらしのない沢田。そして母のことも思い出した。私は母が怖かった。そして美幸さんが怖かった。女のあさましさや嫉妬深さ全てが怖かった。でも、本当に怖いのは2人の女性の運命をめちゃめちゃにしておきながら何も悪いことなどしていないと平然な顔をして生きていた父だったのだ。私はこのことに気づけただけでも人間として少しは成長できたような気がしていた。それに派遣の仕事をするようになって2ヶ月もすると私には気になる人ができた。もう一生恋なんてしない、あんな辛いことはもう2度と経験したくないと思っていても女は次の恋をすると嫌なことは忘れることができる。私は同じ職場で働く木下悟という年下の男に恋をした。 その時、私は29歳で悟は25歳だった。悟は不慣れな環境で働く私を気遣って色々とサポートしてくれた。仕事のことはもちろんだがなかなか会社に馴染めないでいる私を励ますかのようにいつも私のことを笑わせてくれて気持ちを和ませてくれた。悟は私よりも年下なのに色んなことを知っていて、優しくて、尊敬できる社員でありそしてステキな男性だった。年下の男が気になるのは私にとっても初めてのことで自分から誘っていいものなのかそれとも声をかけられるのを待つものなのかとにかくどうしたらいいのか分からず私は気がつくといつも自分の席から悟を見ていた。そして悟を目で追いかけていた。よく見ると悟は綺麗な顔をしていた。目が二重で大きくて色白で細くて女の私が嫉妬してしまうくらい凛々しくて美形の顔だった。そういうところもひっくるめて悟の全てが好きだったのかもしれない。ある日、私は意を決して悟を食事に誘うことにした。と言っても昼食を一緒に食べないかと誘うだけのことだったのだが私は朝から緊張して心臓がドキドキして手に汗をかいていた。私はまるで10代の女の子のような気持ちで恋をしていたのだった。 2人だけで昼休みに食事に行こうとどうやって切り出そうか考えてると昼休みになって私と同じ時期に派遣でこの会社に来た川原ユキという女が私のデスクにやってきて『神野さん、今日一緒にランチ行きません?どうしても相談に乗ってほしいことがあるんです』と言った。私は愕然としたが仕方なく、頷いて川原ユキと近くの喫茶店でランチをすることにした。川原ユキは24歳でファッション誌に出てきそうな服やメイクを好むオシャレに気を使う女だった。痩せているのにサラダとコーヒーだけを注文したユキはフォークでサラダをつついてはため息をもらして私に言った。『昨日、彼氏にフラれちゃったの。私って本当に不幸だわ』私は吹き出しそうになった。彼氏にフラれて不幸なら10年も不倫した男にあったさりと捨てられた私の方がもっと不幸だ。私は心配そうな顔で『大丈夫?』と適当なことを言った。それからユキは彼氏との出会いから別れまでよくもまぁというくらい1人で喋り続けた。要するに誰かに聞いてもらいたかったんだろうと私は思いうんうんと話を聞いていた。するとユキは綺麗にセットされた髪の毛をクルクルと指で触りながらこう言った。『でも、あんな男別にそんなに好きじゃなかったの。だって車だって持ってないし免許すら持ってないしそれにお金もあんまり持ってないからプレゼントだって安物だし。デートだって割り勘だし。私、そういう男って嫌いなのよねぇ。時間の無駄だったわ、みたいな。私、化粧品だって洋服だってお金をかけてるしエステにだって行ってるし色んな努力してるの。神野さん分かってる?そういう風にすれば絶対にいい男が寄ってくるしそういう男が落とせるようになるの。魔性の女・・・とか小悪魔みたいな女とか・・・そういうの、いいと思わない?だって女の子はいつだって男の子に優しくしてもらえなきゃ。色んな男の子がチヤホヤしてくれてご飯をご馳走してくれて車で送り迎えしてくれてブランド品をたくさん買ってくれて私のことをお姫様みたいに扱ってくれるように仕掛けるの。そのために、私は洋服にもエステにもお金をかけて努力は惜しまない。世の中、金を持ってる男が全て。あたしの夢は医者とか弁護士とかそういう人と結婚することでこんな会社でいつまでも働く気はないんだ~』私はなんだかユキという女が可愛いと思った。外見だけ綺麗に繕ったって中身がない女は本当にいい男なんて手に入れることはできない。そんなことも分からずに男を翻弄することに一生懸命になってるユキがなんだか可愛くて仕方が無かった。私もこういう女だったらもっと上手に恋をしたり出来たのではないだろうか。 そんなことを考えていると突然、ユキが言った。『っていうか、神野さん。悟くんのこと好きでしょ?』私は驚いた。どうしてそれを・・・・思わず黙ってしまった私を見てユキは『やっぱりね。』と言った。『どうして分かったの?』私が言うと『だって、神野さん悟くんのこといっつも見てるんだもん。バレバレよ。あんなに見てたら悟くんも気づいちゃうわよ?でも、悟くんはやめといた方がいいわよ?だって、年上の彼女が続きをみる
『著作権保護のため、記事の一部のみ表示されております。』