第6話それは暑い夏の日だった。その日は、夏の甲子園出場をかけた地区予選決勝の日であと1勝すれば・・・今日勝てばタツヤの夢だった念願の甲子園出場が決まるという日だった。私は前日から落ち着かずに眠れないまま朝を迎えた。寝ていないせいか目が腫れていてその日の私はとてもブスだった。『行ってきます』思ったよりしたくに手間取り慌てて家を飛び出そうとすると居間でテレビを見ていた父に呼び止められた。『お父さん何よ、急いでるのに』私が面倒くさそうに言うと父が『幸子、おまえ、いつの間にか大きくなったな。なんだか急に大人になったみたいだなぁ~』と訳の分からないことを言い出した。『何、言ってるのよ。私だってもう高校3年生なんだから』と少しムッとしながら私は答えた。すると『そうだ、小遣いやる。高校3年生になったってお前は俺の子供だ。』と言って父は私に1万円くれた。『あっ、うん。ありがとう』なんだか不思議だった。 そう言えば、ここ数年父ときちんと会話なんてしたことなんてなかった。父は仕事と言ってはいつも家にいなかったしたまに帰ってきては母とケンカばかりしていた。最近は母の病気も落ち着いていたので父が家にいることも多かった。テレビでは私が嫌いなアイドル星野優実の新曲が流れていた。巷ではヒット曲もないままB級アイドルとしてそのまま芸能界から消えていくと誰もが思っていた星野優実を有名音楽プロデューサーがプロデュースして大ブレイクしていたところだった。『じゃぁ、行ってきます』そう言うと家の電話がなった。トルルルルル トルルルル『あ、あたし出るから』私は父にそう言って電話にでた。それは父の愛人美幸さんからの電話だった。『もしもし、神野です』と私が言うと『もしもし?幸子ちゃん?あたしよ、美幸。よかった・・・幸子ちゃんが出てくれて』と、電話の向こうで美幸さんは押し殺したように声を潜めて話した。私はびっくりした。いつも美幸さんに連絡をとるのは私からで今の今まで美幸さんの方から電話をかけてきたことなんて一度もなかった。しかも、いくら何でも母が電話を取るかもしれない家に電話をかけてくるなんて非常識すぎないかと私は少し驚いた。だから私は家にいる母や父に美幸さんからの電話だとバレないように淡々と受け答えすることにした。『お久しぶりです。どうかしたんですか?』私は少し、冷たい口調で言った。 すると美幸さんは『あのね、これから会って話せないかな?お願い、少しでいいの、誰かに話を聞いてもらいたいの。あのね、あのね、最近夜中にずっと変な電話がかかってきてね、それに脅迫状みたいな手紙が毎日毎日、剃刀入りで届いてね。おまえを殺すって書いてあってそれでね、私、誰かに尾行されてる気がするの。誰かに監視されてるような気がするの。私、怖いの、怖くて怖くて仕方がないのよ。ね、お願い。幸子ちゃん。これから会ってくれない?少しでいいから・・』と、早口で話し始めた。美幸さんの様子は明らかにおかしかった。でも、私はこれからタツヤの応援に行かなければならなかったしそれになんだか家にまでこんな電話をかけてきた美幸さんのことが鬱陶しく思えた。こんなことを言ったら失礼かもしれないが私はその時、本当に幸せでタツヤがいればそれでよかったしバラバラになった家族がやっと『普通の家族』として戻りかけていてそこでまた面倒なことになるのが嫌だった。美幸さんにはとても世話になったけどその時の美幸さんはとても不幸な感じがして妙なことに関わったら私まで不幸になるのではないかと思ったのかもしれない。『ごめん、今日はムリなんだ。話なら今度聞くからごめんね』私はそう手短に言って電話を切ろうとした。するとあれほど優しかった美幸さんが電話口で豹変した。『ふざけないでよ!!!!こっちがこれだけ頼んでるって言うのにどうして会ってくれないのよ!!!私のことが嫌いになったの?そうなのね?幸子ちゃんやっぱりお母さんの方が好きなんでしょ?お母さんとお父さんとお兄さんと4人で幸せに暮らしたいと思ってるんでしょ?そうはさせない、絶対にさせないんだから』これが美幸さんの正体なんだと思った。『あ・・・幸子ちゃん。ごめんね。私、どうかしてたわ?お願い、私のこと嫌いにならないで?時間があるとき話を聞いてね』美幸さんは急におどおどした口調になって私に謝り電話を切った。私はタツヤの応援に行かなければいけないのに朝から酷く不愉快な気分になって家を出た。 私は本当にタツヤに夢中だった。怖いくらいタツヤに恋をしていた。そして私はいつしか欲張るようになっていた。地区予選で勝つたびに野球部が注目されそして野球部のエースであるタツヤにも注目が集まっていた。ただの芋臭いだけの坊主頭のあのタツヤが学校中で話題の人になっていた。もし、今日勝てば甲子園に導いたエースとしてタツヤはもっともっと人気者になるだろう。私は人気者のタツヤの彼女。そして試合に勝った時、私たちは本当の意味で結ばれるのだ。そう思うと私は心の奥底からゾクゾクした。午後から試合が始まった。しかし、試合は1点差で負けていた。誰もがもうダメだ。負けると思った。でも、タツヤは諦めなかった。9回の裏タツヤがまさかの逆転ホームランを打った。私は震えた。この瞬間、タツヤの夢だったそして私の夢だった甲子園出場が決定した。私はおめでとうを言いたくて言いたくてすぐに球場の外に出た。野球部はみんな迎えにきていたバスに乗り込むところで私はタツヤの姿を見つけるなり大声でタツヤを呼びそしてタツヤの元へと走った。『タツヤ、おめでとう!!!本当におめでとう!!!!』私はまだユニフォーム姿のタツヤの胸に飛び込んだ。嬉かった。本当に嬉しかった。 ところがタツヤの顔が急に曇った。そしてタツヤは自分の体から私を引き離すと『みんな見てるから・・・』と言った。バスに乗り込んだ野球部のみんなが確かにこっちを見ていた。私はそこまで気が回らなかった。だってタツヤも絶対に私に会いたいと思っているに違いないと信じていたから。だから周りに野球部の部員たちがいたってそんなのは関係ないと大切なのは今この瞬間に私とタツヤが抱きしめあうことなのだと思っていた。『あっ、ごめん。恥ずかしいよね。でも嬉しくて会いたくておめでとうって言いたくて・・・私がそう謝るとタツヤはため息を一つついて信じられないことを言い出した。『ごめん、別れよう』『えっ?』私は耳を疑った。タツヤが何を言ってるの分からなかった。だってタツヤはたった今、甲子園に行けることが決まってそれで私はタツヤの彼女でそれにそれに私はタツヤにとっては南ちゃんでだからタツヤは私のおかげで甲子園に行けることになったのに・・・野球部のみんながバスの中から見てるのにどうしてそんなことを今、ここで言うのか。タツヤが何を言っているのか私には全然理解できなかった。『ちょ・・ちょっと待ってよ。どうしたの?タツヤ・・・冗談でしょ?ねぇ、嫌続きをみる
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