第5話季節は流れそれはある冬の朝のことだった。その日は珍しく夜から降り続いた2月の雪のせいでいつもより人の多い満員電車に乗りながら私は高校へと向かっていた。キキーーーーッ突然の急ブレーキで押し詰め状態だった乗客数人がドアの前に立っていた私の方へと倒れこんできて私は押しつぶされそうになった。しかも、誰かが私の靴を踏んだ。『痛っ・・小さな悲鳴を上げて前をみると私の目の前にいたのはなんと私がずっとずっと半年以上も片想いし続けていた同じクラスの一之瀬哲也くんだった。(うそみたい・・・・一之瀬くんが同じ車両に乗っている。ううん、一之瀬君が私の目の前に立っている。満員電車の中で一之瀬君が私に背を向けて立っていてしかも、一之瀬君は私のつまさきのあたりを踏んでいる。さっきまでの痛みはどこかに吹き飛び一之瀬君に踏まれていると思った瞬間につまさきの辺りに感じる重みは快感に変わっていた。 私は焦っていた。父の愛人である美幸さんに応援されてはいたが私には自信がなかった。もしかしたら一之瀬君は私の名前なんて知らないかもしれないし同じクラスにいることすら知らないかもしれないと思うと悲しくなった。それに・・・それにヨーコにだけは負けたくなかった。ヨーコに取られるくらいなら私なんて相手にされなくても自分から告白しなければ・・・私はそんな危機感に突然押しつぶされそうになって頭がパニックした。駅について電車から下りると一之瀬君は階段ではなくエレベーターのある方へと歩いて行った。いつもなら私は階段を上って改札口まで行くのだがこれはチャンスだと思った。神様がくれたチャンスだと思って私は一之瀬君の後を追った。一之瀬くんがエレベーターに乗り込むのを見計らって私も勢いにまかせてエレベーターに飛び込んだ。エレベーターの中には私と一之瀬くんだけが乗っていてもう、私の心臓の音が一之瀬くんに聞こえてしまうんじゃないかと思うくらい私はドキドキしていた。(どうしよう・・・どうしたら私の気持ちを伝えられるのだろうか)息苦しくなって酸欠状態みたいになってこのまま貧血で倒れてしまったら一之瀬君の胸の中に倒れることができたら・・・などと考えているうちにエレベーターが1階についてしまった。(やばい・・・何とかしなきゃ・・・・私は何をとち狂ったのかカバンの中に入れていた生徒手帳をわざと落とす作戦を思いついた。いかにも古臭い作戦だったがそれしか手はないと思った。エレベーターのドアが開いた瞬間私はカバンの中に入れていた生徒手帳を握ってわざと落としてダッシュでエレベーターから降りた。ところが私は誤って生徒手帳と一緒に6520円という私の全財産が入った財布まで落としてしまった。ハッとしたがここで振り返っては水の泡だと思った。きっと一之瀬君が生徒手帳と財布を拾って私に『落としましたよ』と、声をかけてくれる。そう思ってはいたのだが慌てていたのと緊張でパニックになっていたせいで私はうっかりそのままダッシュで改札も通り過ぎ学校まで走り抜けてしまった。これじゃ、せっかく一之瀬君が私の財布と生徒手帳を拾っても声をかけられないじゃない!!迂闊だった。私としたことが・・・ いや、しかし待てよ。一之瀬君は私と同じクラスなのだからきっと私に届けてくれる。そう信じていた。しかし、登校した一之瀬君は私に財布と生徒手帳を届けてくれるどころかいつものように自分の席に座るとそのまま居眠りをしてしまった。(そうか、きっと一之瀬くんも恥ずかしがり屋なんだ。昼休みか放課後に私に届けてくれるに違いない)私はそう思い一之瀬くんが話しかけてくれるチャンスを一日中待って待って待ち続けていた。しかし、待てど暮らせど一之瀬君が私に話しかけてくる気配は一向になく、そして放課後になり一之瀬君はとっとと帰ってしまった。そんなはずがあるわけがない・・・これは何かの間違いだ。私は一之瀬君の後を追った。すると一之瀬君は体育館の裏の方へと歩いていった。尾行しているのがばれないように私が体育館の影からこっそりと顔だけ出すと体育館の裏で一之瀬君を待っていたのはなんと、ヨーコだった。ヨーコは一之瀬君にキスをして2人は手をつないでそのままどこかへと消えてしまった。 そんなまさかまさかそんな私の一之瀬君がヨーコなんかとヨーコなんかととっくにそんなふしだらな関係だったなんて・・・私は持っていたカバンを落としてその場で呆然と立ち尽くしていた。ショックだった。本当にショックだった。もう立ち直れないと思った。いつから?いつからヨーコは一之瀬君と????ヨーコとは指きりの約束をしたけれどその約束を破ってヨーコは勝手に一之瀬君と付き合っていた。私の許可なく一之瀬君と付き合っていた。私はヨーコが憎いと思った。いや、そうじゃない。私は悔しかった。ヨーコに嫉妬した。一之瀬君と付き合えるヨーコが羨ましかった。雪がしんしんと降っていた。私は寒さで凍えそうになった。いっそこのまま凍死したいくらいだった。『あの・・・すみません・・・神野さんですよね?』突然、誰かが後ろから話しかけてきた。振り返ると見知らぬ坊主頭の芋臭い男子生徒が立っていた。『そうだけど、何かご用?』私は強い口調で答えた。今にも泣き出してしまいそうだったから真っ赤な目がバレないように私は強い口調で答えた。『あ、あのコレ・・・』芋臭い坊主頭はそう言って、私が今朝、一之瀬君の前でわざと落とした生徒手帳と財布を手渡した。『これ、、、どこで見つけたの!!』私は坊主頭から財布と生徒手帳を奪って言った。財布の中を確認すると私の全財産の6520円はすっかり消えて空っぽだった。私は坊主頭を睨みつけると『言っておくけど、オレは取ってないよ。校庭のゴミ箱に捨ててあったのを見つけたからもしかして落し物かと思って・・・』と、坊主頭は慌ててそう言った。何だか悔しかった。よく考えて見れば一之瀬君は不良なのだ。学年一のワルなのだ。私がわざと落とした財布から金を取ることくらい造作も無いに決まっていた。私は失望した。一之瀬君にもヨーコにも。そして何だか泣けてきて目の前にいた坊主頭の前でわんわんと泣いてしまった。『あ、あの大丈夫?どうかした?オレ、何か泣かせちゃうようなこと言った?』と坊主頭がおろおろと慰めてくれた。そして坊主頭は『あの、よかったら俺と付き合ってくれませんか?』と、泣いてる私に告白してきた。とっても頼りない奴に見えたが私は何だかよく分からないまま坊主頭の胸で泣いて頷いた。 坊主頭の名前は松下達也。隣のクラスで私と同じ2年生だった。坊主頭だったのは野球部のエースだったからで私から見たら何だか汗臭い感じの男だった。一之瀬くんと比べるとどうしてもルックスは劣るが達也はとても優しくてそしていい奴だった。達也には夢があった。甲子園に行く夢があった。元々、私の通う高校は偏差値はやたら低いがスポーツに関してだけはとても有名な学校だった。最近、この学校の野球部が甲子園に行ったという話は聞かなかったが過去には何度か甲子園出場経験もあるそんな学校だった。だから、達也の夢は甲子園に出場することだった。そんなまっすぐな達也を見ているうちに最初は達也の方が私のことを好きだと思っていたがどんどん私の方が達也を好きになっていった。達也は熱い男だった。いつも夢を語ってくれて私はそんな達也が好きだった。そして、私たちはとても清い交際をしていた。付き合って3ヶ月経ってもセックスはおろかキスさえもしていなかった。したことと言えば手をつなぐことぐらいだった。 私は処女で達也は童貞だったからきっと達也が私続きをみる
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