第4話私は母の狂気から逃れようとしたのかもしれない。私は誰かに心の安らぎを求めようとしたのかもしれない。誰かを好きになることで私は母を一瞬でも忘れることができるかもしれないと思ったのかもしれない。高校2年になると私は好きな人ができた。と言っても片想いの恋だった。2年に進級しても私はヨーコと同じクラスになった。『腐れ縁だね』と私たちは笑った。相変わらず私のクラスには女子生徒は少なくそれなりに男子生徒からチヤホヤされたのだが私は2年になって同じクラスになった一之瀬哲也くんに恋をした。 彼は不良だった。多分、学年で一番のワルだった。校則で禁止されているピアスをしていた。髪も少しだけ茶色く染めていた。時々、学校をサボっていた。そして授業中はいつも窓際の席から外を見ていた。でも、その辺のヤンキーと違って一之瀬くんはもっと美しくてもっと近寄りがたい神々しい存在感を放っていた。芸能人みたいに整った顔をしていて体のラインが少女漫画みたいに案外と華奢で絶対に人前では笑わなくてケンカも強いと噂で聞いていてでも、硬派で彼女は作らないらしくてだけど不良なのに実は頭もすごくよくってそんなところも女子の間では人気があって・・・要するに私はミーハーだったのだ。もちろん一之瀬くんの顔はかっこよかったけれど何だかみんながかっこいいと言うので私までその気になっていつの間にか一之瀬くんのことをずっと目で追ってしまう自分がいた。授業中は教室の隅から放課後はグラウンドの隅から私はいつも一之瀬くんをそっと見守っていた。初恋なんて多分、きっと誰でもそんなもんだろうと私は思った。もし、一之瀬くんと付き合えたら・・・学年で一番強くて女子の間では密かに人気の一之瀬くんと付き合えたら私はもっと強くなれて私はきっと幸せになれるに違いない。そんな妄想を抱いていた。 ある日のこと、休み時間にもかかわらず机に顔を伏せて寝ている一之瀬君をいつものようにそっと自分の席から見つめていると突然、ヨーコが近寄ってきて私の耳元でこう言った。『さっちん、もしかして一之瀬くんのこと好きでしょ?????』図星だった。ヨーコは勘のするどい女だった。私はかっと耳まで赤くなるのが自分でも分かった。そんな私を見てヨーコは『もー可愛いんだから!!バレバレだよ!!』と微笑みながら言った。そして・・・『今日からあたしたちライバルよ!実は・・・あたしも好きなんだよね、一之瀬君のことが・・・あたし、さっちんとは友達でいたいからフェアにいこうよ!!!どっちが付き合うことになっても応援しよう!!恨みっこなしだよ!約束ね!!!』と言ってヨーコは右手の薬指を出した。私は驚いた。まさかヨーコも一之瀬君のことを好きだったなんて・・・確かに私たちの性格は全く違っていたけれど妙に趣味が合って好きな音楽や洋服や食べ物の好みが一緒であたしたちってきっと世界で一番趣味が合うよねなんて話していたこともあったけど・・・まさか、まさか同じ人を好きになるなんて。私はショックを隠し切れずに戸惑ってしまった。でも・・・でも・・・・・同じ人を好きになってしまったけれど私はヨーコと親友でいたかった。ヨーコは私の大切な友達だった。だから私は指きりをすることにした。『うん・・・・指きりね』私も薬指を出して2人で誓った。 学校では不純異性交遊は校則で禁止されていた。でも、みんな隠れて恋愛をしていた。あたしとヨーコ以外の女子生徒たちはみんなクラスの男子たちと付き合っていたし処女だってとっくに喪失していた。早い子なんて高校に入る前から経験済みの子だっていた。高校2年で処女だった私は何となく焦っていたのかもしれない。同じ人を好きになったと打ち明けてくれてさらに、正々堂々と戦うことを誓ってくれたヨーコの気持ちは嬉しかったが私は少し不安になった。相手がヨーコなら・・・私には勝ち目なんてはじめから無いに等しい。ヨーコは明るくて可愛くてそれでいて健気で自分を可愛く見せる方法を知っている女だ。それに比べて私は引っ込み思案で好きな人を見てるだけしかできない女の子。でも、負けたくない。私は一之瀬君が好きなのだ。一之瀬君のことを考えると子宮の奥の方が燃えるように熱くなって変な気分だった。これは恋なのだ。私は一之瀬君に恋をしてるのだ。そして一之瀬君と付き合える女の子は私しかいないんだ。そう自分に言い聞かせて私は帰宅した。 『ただいま』家に帰ると私の気分はいつも沈んだ。学校にいる間は・・・一之瀬君と同じ空間にいれる間はあんなにもばら色のように私の心はときめいているのに家に帰るとあの母が待っている。そう思うと私は息をするのも辛いほど落ち込んだ。『お帰りなさい、幸子ちゃん』居間にいた母の声がやたらと明るかった。しかも私をまたちゃんづけで呼んだ。何か嫌な予感がした。母の手には何か本のようなものが握られていたが私はそれが何かはじめは分からなかった。『幸子ちゃん、今好きな人がいるんでしょ?どんな男の子なの?かっこいいの?背は高いの?同じクラスなの?成績はいいの?髪の毛は染めているの?ピアスはしているの?不良なの?それとももしかして名前は一之瀬君って言うの?』母はニタニタと笑いながら意地悪そうにそう言った。私は血の気が引いていくのが自分でもよく分かった。母が手に持っていたのは私の日記帳だった。机の引き出しの奥の奥に隠していた私の日記帳。一之瀬君の想いを綴った恋の日記帳。母は私の日記帳を開いて大声で読み始めた。 『5月6日 晴れ今日の一之瀬君もステキでした。数学の時間、先生にあてられたにも関わらず一之瀬くんは先生をシカトしてずっと寝ていました。そんな一之瀬君に私の胸はときめきました。腕枕をしてあげた続きをみる
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