第3話私はあの忌々しい島田のせいで公立高校を受験することができず自分の意思とは無関係のどうでもいい私立高校に進学することになったのだがそれでも病院でずっと入院しているよりはまだマシと自分に言い聞かせていた。そして入学式の前日にようやく退院の許可が下りた。しかし骨折した右腕はまだギプスをしたままで首や足にも痛みは残っていた。もしこんな姿で入学式に出席したらイジメに遭うのではないかと私は少し不安になった。何せ偏差値がやたら低くて不良の巣窟として悪名高い私立高校なのだ。入学式のことやこれからの高校生活のことを考えると何だか胸の奥がキリキリと痛んだ。『幸子ちゃん、見て~綺麗でしょ?』突然、母が浮かれた声を出して病室に入ってきた。私のことをちゃんづけで呼ぶなんて何か気味が悪かった。そして私の嫌な予感は的中した。『ほら、この病室ってなんだか殺風景でしょ?だからチューリップを持ってきてあげたわ?』母の声は弾んでいた。『お母さん、私、今日退院するのに・・・』私が退院するのを知っていて母がわざと花を持ってきたに違いなかった。しかも、チューリップの鉢植え。『寝付く』という意味合いから根がついている鉢植えをお見舞いで持ってくるような非常識な人間はそうはいない。『え?退院するの?今日?あらホント?知らなかったわ?』途端に母の声は沈んでがっかりしたように肩を落とした。そして母は『退院する、退院しない、退院する・・・と、呟きながら持ってきたチューリップの花びらを一枚一枚、まるで花占いをする少女のように黙々と千切りはじめた。『退院しない、退院する、退院しない』母が最後の1枚をゆっくりと引きちぎると『ほら、やっぱり。占いでは幸子ちゃんは退院してはいけないと出てるじゃない。あんたが帰ってくるとロクなことが起きないんだから。いっそこのままずっとここに住み着いてくれればいいのにねぇ。どうせ入院費は島田さん家で出してくれるんだから。だいたい私立の高校に通わせるのはどれだけ金がかかるか、分かってるの?あんたみたいな子にお金をかけるなんてもったいないもったいない。くわばらくわばら』と陰湿で嫌味っぽくネチネチと言って私の気分を悪くさせた。 そして、私の高校生活がスタートした。最初は予想以上に馴染めず苦労した。クラスは40人ほど生徒がいて私が合格した普通科はほとんどが出来損ないの男子生徒で女子は私を含めてたったの4人だった。入学して1ヶ月もするとある程度の仲良しグループが出来あがってくる。しかし私は偏差値の低い私立高校に通っているという劣等感と敗北感と挫折感のせいでなかなかクラスにも高校にも溶け込めずにいた。私はこんなところにいる人間ではない。私は島田のせいで、卒業文集実行委員のせいで母のせいで、兄のせいでこんな学校に通わなければならないのだ。こんな学校で3年間も過ごさなければいけないならいっそこのまま友達なんてできなくていい。私は今から一人で勉強していい大学を目指せばいいんだ。私をこんな目に遭わせた人たちを見返してやりたい。だから友達なんて私はいらない。私は卑屈になっていた。どうせ私は不幸せな星の下に生まれた幸子。だったら私は一人ぼっちになったっていい。卑屈になればなるほど悲劇のヒロインのような気がしてそれはそれで心地がよかった。しかし、きっとこのままひとりぼっちで3年間を過ごすのかと思っていたのだが最初のテストが終わると状況が変わった。 私は当然のごとく学年で1位の成績だったがそれから隣の席に座っていた鈴木陽子がよく話しかけてくるようになった。『お願い~ノート見せてくれない?』『宿題やるの忘れちゃったの!助けて!』『神野さんのこと、さっちんって呼んでもいい?』『一緒にご飯食べない?』『一緒に帰らない?』『ガム、食べる?』『ヨーコって呼んでよ。』『やっだぁ、あたしたちトモダチでしょ?』授業中はいつも鏡を見ていて常に男子生徒の目を意識していて粘り気のあるぶりっ子な口調で話す鈴木陽子のことを私は最初、鬱陶しく思っていたがしつこいくらい話かけてくるので何だか、懐っこい犬みたいで私はだんだんと鈴木陽子のペースに巻き込まれてしまった。そして、何だか嬉しかった。次第に私はクラスにも打ち解けるようになり教室で笑顔を見せるようになった。男子の態度もどんどん変わった。女子生徒は4人しかいないのだから男子はこんな私にもみんな優しくしてくれたしチヤホヤもしてくれた。私もヨーコも男子から次々と告白されたが次々とお断りして影でお腹がよじれるほど笑い転げた。ある日、ヨーコが私にこう言った。『さっちんってさぁ・・・誰かに似てるよねぇ。誰だか全然思い出せないけど』私はふと、星野優実というアイドルのことを思い出して気分が悪くなった。高校受験前に太った私の体系はそのままだったのでその時の私は星野優実に似ているはずがなかったが何だか引き出しの奥に閉まっていた日記を勝手に読まれてしまったような後味の悪い気分になった。そんな私の表情を察してかヨーコは笑いながら『あっ、分かった。あたしの家の近所の八百屋のおばちゃんに似てるんだ。』と言った。『ちょっと?私、おばちゃんじゃないわよ?』私もつられて笑った。 ヨーコの家は母子家庭で小さいころに両親が離婚して色々苦労しているらしくいつも明るいヨーコが時折見せる寂しさや孤独に何となく共感できるところがあって私はヨーコに親近感を覚えていた。夏休みが来るころには私は高校が好きになっていた。何だか私の人生も悪くないような気がしてきた頃、しかし、それとは逆に私の家の中は崩壊続きをみる
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